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2015-04-07

「香り」の世界史(2) 中世~近代

「香り」の世界史(1) 始まり~ギリシィア時代から


「中世」

11世紀末の中世に入ると、「十字軍遠征」が起こり、その際に麝香(じゃこう)を始め、様々な東洋の「香料」がヨーロッパに持ち帰られました。
そしてベニスの商人達(ヴェニスの商人)の手によって、それらの香料スパイスは世界中に広く取引される様になりました。


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その後、12世紀末頃ある「グラース」という南フランス・カンヌの北西17kmの丘陵に存在している町が「皮革工業」で繁盛し、16世紀になると(イタリア・フィレンツェ)出身の「トンバリレ」という人がこの町に訪れ「香料」を紹介した処、「皮革」の嫌な臭いを有効に消せる事から「香料」はこの町で大いに持て囃され、 人気が沸騰しました。

そして(フランス・マルセーユ)の石鹸でも香料か使われる事になり、加えて南フランスの「グラース」は気温が暖かく、温暖な気候・風土は(ジャスミン、ラベンダー、ローズ、オレンジフラワー)など様々な「香料植物」の栽培に適しているので、フランスの「グラース」は「香料のメッカ」と呼ばれる程「香料の中心地」として発展を遂げました。


「香水の誕生」

16世紀末に、(イタリア・フィレンツェ)の「カトリーヌ・ド・メディチ」が(フランス)の「フランスアンリ2世」の夫人として輿入(嫁入)し、その際フォークを使って食事をする事やアイスクリーム、マカロンなどのお菓子、さらに女性らしい横座り乗馬方法などの文化をフランスに持ち込みました。

そして彼女の連れて行った随行員の中に、「レナード・ビアンコ」という1人の調香師が居ました。
彼女はフランスに香水を広める為に気温が暖かく、「香料栽培」に適している「南仏のグラース」に香料の製造拠点として選び、フランス香水文化が開花しました。

香料をアルコールに溶かした現在の「香水」や「オー・ド・トワレ」が初めて作られたのもこの頃です。

*(オー・ド・トワレ):化粧水という意味で、濃度は香水とオーデコロンの中間。

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また、「オーデコロン」の誕生も様々な説がありますが、大まがいには以下の2つがあります。

1.イタリアで発売された「アクア・ミラビリス(すばらしい水)」が17世紀末~18世紀初にケルンに紹介され「ケルンの水」となり、そして18世紀後半に「七年戦争」や「ナポレオン遠征」が発生し、その際プロイセンに侵攻したフランス軍兵士が大量の「ケルンの水」をパリに持ち帰り、最終的に「オーデコロン」と呼ばれ流行り始めました。

2.ナポレオンによって「フランス革命」の嵐が静まり、「ギロチンの露」と処刑されたマリー・アントワネットが愛用した「香水(主にバラ・スミレを使った)」が彼女の死後急激に流行し始めました。

そしてナポレオンの天下は僅か10年で終わりましたが、グラースの町は革命の余波を受けながらも、「香料植物の栽培」や「香料製造」の街として発展し続けました。


「近代」

19世紀に入ると工業・科学技術が発達し、天然の香りも詳しく分析する事によって様々な人工「合成香料」を製造する事が出来、香料の利用範囲も広くなりました。

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